ブラジル

ブラジル:サンパウロ

大浦 智子(おおうら ともこ)

職業…フリーランス
居住都市…ブラジル国サンパウロ市

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アフリカ雑貨の露店が並ぶ通り

アフリカ雑貨の露店が並ぶ通り

 サンパウロ市内では、この20年以内にアフリカ諸国から難民や移民として渡って来た人々の存在感が増しています。そんな町のニューフェースやアフリカ文化を身近に感じてもらおうという散歩ツアーも企画されています。

 サンパウロの「パセイオ・バラート」という企画では、ツアーガイドと一緒にサンパウロ市内や近郊の町の歴史と文化を再発見する様々な散歩ツアーを実施しています。3月23日には、「ウォーキングツアー・ママ・アフリカ」というプログラムで、市内の歴史地区を中心に植民地時代の奴隷制におけるアフリカ人由来の史跡から、近年アフリカからブラジルに渡ってきてサンパウロで生活している身近な人々を知る散歩ツアーがありました。


アフリカ雑貨の露店が並ぶ通りで案内するパセイオバラートのコーディネーター

アフリカ雑貨の露店が並ぶ通りで案内するパセイオバラートのコーディネーター

 これまで通過したことのあった町並みの中に、改めてサンパウロを再発見する場所が各所にちりばめられた「ウォーキングツアー・ママ・アフリカ」。

 現在は東洋人街として、数十年前には日本人街として知られ、さらにさかのぼれば黒人が集まり奴隷の処刑場もあったリベルダーデ広場。昨年、同地のメトロの駅名が、日本人の足跡を忘れないためにと「リベルダーデ-ジャポン」に変わったことで、もっと古いアフリカや黒人にちなんだ駅名にされなかったことには賛否両論もありました。


ツアーの特別ゲストとして同行したプルデンスさんと記念撮影するツアー参加者

ツアーの特別ゲストとして同行したプルデンスさんと記念撮影するツアー参加者

 史跡としては、サンパウロで最初に建てられたオベリスクのある場所は19世紀後半まで奴隷が売買された場所であったことや、今もアフリカ人が付近に多く集まる黒人のために建てられた教会のあるパイサンドウ広場、黒人奴隷の解放を求めて支配層に対抗し、今も黒人のカリスマとして称えられるズンビーの記念像。ズンビー像の前ではコンゴ民主共和国から11年前に難民として渡って来て、ツアーの特別ゲストとして同行したプルデンスさんと参加者が記念撮影する一幕もありました。


アフロヘアのヘアサロンで自己紹介するシエラレオネ出身の女性とプルデンスさん

アフロヘアのヘアサロンで自己紹介するシエラレオネ出身の女性とプルデンスさん

 サンパウロの今のアフリカとしては、通称レゲエ・ビルと呼ばれ現在はアフロヘアのヘアサロンや雑貨店も入居しているビルとその近くのアフリカのカラフルな生地や服飾雑貨を販売する露店を巡り、カメルーン人女性が始めた美味しいアフリカ料理店でツアーは解散しました。

 「ウォーキングツアー・ママ・アフリカ」のねらいは、アフリカにちなんだブラジルの過去の歴史と今を見つめるというものです。ガイドさんは「ブラジルが奴隷時代に黒人に対して行ってきた負の側面は恥」と言い、また現在のアフリカの難民や移民をもっと等身大に感じてもらえれば、という事を強調されていました。


サンパウロ市内の19世紀後半まで奴隷売買されていた場所

サンパウロ市内の19世紀後半まで奴隷売買されていた場所


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