「シンプルこそ難しい」芸術の世界
2011.04.04 up
スウェーデンのデザインは全般的に機能を重視したシンプルなもの、という概念があります。
北部にはタイガが広がる自然の恵みを利用した木製品も人気がありますが、木目を生かした木製コップや、年輪の見える木製コースターなども私個人的には大変好きなデザインです。
しかしシンプルでも決して安っぽく見えず、洗練されたデザインであることが感じ取られるのは何故なのでしょうか?
各分野で共通して言える事とは思いますが、「シンプル」というのは実は非常に難しいことです。
その例として、コンパスなど使わずに紙に「丸を描いてください」と言われたら、誰でも、幼稚園児でも描けますね。
しかし、非常にきれいな丸を書くのは大変難しいことです。
<余談ですが、中学生の頃の塾講師が黒板に上手な丸を書き「丸の描くのが上手な人ほど知能指数高いらしい!」と自慢していたことがありました。しかし実際にIQが人口の上位2%以内の集団(メンサ会員)と平均的な集団(非会員)それぞれ約15人に丸を描いてもらい比較しても、有意な差は見られませんでした。それよりも面白かったのが、IQの高い集団の中には、手をコンパスとして使い紙を回して描いたり、コップの底をなぞったりという、ずる賢い知恵を使う人がいたことです。>
料理にしても、目玉焼きを焼くのは誰でも出来ることですが、きれいな丸い目玉焼きを焼くのは至難の業ですね。シンプルな料理を作ることが非常に難しいというのはよくあることです。
木製のスプーン スウェーデンではこのような自然の恵みから由来する親しみやすい工芸品も多く売られていますが、シンプルであるのに洗練されたデザインのセンスが感じられます
声楽にしても、シンプルなメロディーをきれいに歌うことは、実は難しい曲を歌うことよりも難しいことです。
変奏曲は私がよく歌う分野の一つですが、その中で皆様にもお馴染みのメロディーが特徴の、アダン作曲の「きらきら星変奏曲」を例に紹介したいと思います。
まず出だしの部分です。
主題はこの通りシンプル、赤で囲んだ部分が歌ですが、皆様ご存知のきらきら星のメロディーです。この部分だけでしたらパッと見ていただいたくと、誰でも歌えると思われることと思います。子供でも歌えるような簡単なメロディーですが、きれいに演奏するのは至難の業です。「シンプルなだけ基礎があらわに出てしまうので、ごまかしが一切効かない」というのが一番の難点です
このシンプルな主題の、つまりオーソドックスなきらきら星のメロディーの提示から始まり、続いてバリエーション(変奏)が何種類か提示されます。その最後のバリエーション部分を表示します。
変奏部分、中間はここでは省略させていただきますが、上の2段のあとも細かい音符が並ぶフレーズが長く続きます。カデンツァ(音楽の専門用語でいう装飾的な音句)は各演奏家が自由にアレンジをつけて演奏することが多くあり、私流のアレンジでは、クライマックスでハイGのフォルテッシモを8小節伸ばし、その部分のピアノは主題をフォルテッシモで演奏し締めくくります。一般の方々には見慣れない世界の楽譜と思われることでしょうが、演奏する側としてはシンプルな主題に比べてかえって気が楽なこともあります
変奏の部分でフレーズが複雑化してくると、いっそう難しそうに見えると思いますが、演奏で最も苦労するのは、実は変奏部分の細かいフレーズではなく、主題をきれいに仕上げることなのです。
変な話ですが、複雑なフレーズは多少のミスがあったとしても気づかれることは少ないものです。しかし、シンプルであるほど演奏家のテクニックの技量が丸見えになってしまうのは、どうにもならないことです。
皆様ここで一つ試してみてください。
出しやすい高さの声で「アー」と声を伸ばします。
それを最初は弱く、クレッシェンド(だんだん強く)していって、それからデクレッシェンド(だんだん弱く)していってみてください。指で数えながら1.2.3.4.で強めていき、5.6.7.8.で弱めていくといった具合です。
それなら簡単!と思われるかもしれません。
しかしやってみると難しいことに気づくのではないでしょうか?特にデクレッシェンドする際に、徐々にではなく急に音量を落としてしまう、また段々声がふらついてきてしまうという方も多いと思います。専門的なことは省略しますが、これにはブレスや軟口蓋の上げ方など、声楽的な技巧が関連しています。
このテクニックは専門的には「メッサ・ディ・ヴォーチェ」と言われますが、実はかなりの熟練者でも難しいこととされています。
どのような音楽もこのような技巧の組み合わせで曲を仕上げていくわけですが、演奏家の感性、また声楽の場合は世界に一つしかない各演奏家の声によって、同じ曲でも様々な雰囲気の作品に仕上がっていくわけです。
美術に関すると、どんなに複雑な絵であっても分解するとすべて点や線、面の連なり、もっと厳密に言うと点の連なりが線、点の集団が面です。その「シンプル」な点や線、面の組み合わせ方次第で、影をつけたり、遠近感を出したり、というのが一つ一つの美術の技巧と思いますが、エッシャーの見事な絵の数々を見ても、そのような美術の各種技巧を自由自在に使いこなし、その組み合わせで「自分の世界」での独自の創造と感性のもとで生まれたものという気がいたします。
しかし複雑な絵であれば、たとえその絵の中の線の一つ歪んでいてもあまり目立たないかもしれませんが、シンプルな絵であればあるほど歪んでいると目立ってしまいますね。
「誰でも出来ることを非常に上手にするのは、難しいことをするよりも難しい」というのは多くの分野で共通していることのように思います。
レポーター「山本 グィスラソン 由佳」の最近の記事
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