ブラジル

ブラジル:サンパウロ

大浦 智子(おおうら ともこ)

職業…フリーランス
居住都市…ブラジル国サンパウロ市

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インスティトゥート・ビオロジコ(生物学研究所)に祭られたコーヒーの聖母像

インスティトゥート・ビオロジコ(生物学研究所)に祭られたコーヒーの聖母像

 ブラジルはコーヒー大国。今も主要輸出品目であり、ブラジル経済を支える農作物の一つです。

 コーヒー生産者たちは、毎年の気候や世界経済の変動に大きく左右されのが宿命です。コーヒーは良い年と悪い年に大きな開きがある作物でもあります。

 そんなコーヒービジネスの無事と繁栄を祈願して生まれた保護者が「ノッサ・セニョーラ・ド・カフェ・ド・ブラジル(ブラジルのコーヒーの聖母)」です。


果実をつけたコーヒーの木

果実をつけたコーヒーの木

 1924年のコーヒーの大凶作を受けて設立されたコーヒー試験農場を有するサンパウロ市内のインスティトゥート・ビオロジコ(生物学研究所)。ここにもコーヒーの聖母像が祭られています。

 コーヒーの聖母像が生まれたのは2001年のことで、サンパウロ州エスピリト・サント・ド・ピニャール市で、同地域のコーヒー業界が直面する新たな困難からの克服を願って、同市のコーヒー業者に依頼された彫刻家がデザイン、制作しました。

 コーヒーの聖母という呼び名は、1964年にやはりエスピリト・サント・ド・ピニャール市でコーヒー業界の困難を組合紙に発表した女性の記事のタイトルが「“私の”コーヒーの聖母」だったことに由来します。
 
 像のデザインはブラジルの国の保護者として知られる聖母アパレシーダを基準に、褐色肌の女性が焙煎したコーヒー色のローブ、生豆色のチュニック(長衣)とベールをまとうというように、全体がコーヒーの色調と結び付けられています。


ブラジルの国の保護者として知られる聖母アパレシーダ像

ブラジルの国の保護者として知られる聖母アパレシーダ像

 2004年にサンパウロ市内で開催されたカトリック教会の見本市でコーヒーの聖母はより広く公開されました。

 その奇跡の認識を求めて、エスピリト・サント・ド・ピニャール市の組合の創設日の8月9日がコーヒーの聖母を祝う日に定められ、同市には18世紀のコーヒーの倉庫の複製である礼拝堂も建設されました。

 そうして、ブラジル業界の数々の困難を克服し、これからもそうある事を願って、エスピリト・サント・ド・ピニャール市のコーヒー生産者によって生物学研究所にもコーヒーの聖母は寄贈されることになり、今日に至っています。


インスティトゥート・ビオロジコ(生物学研究所)に祭られたコーヒーの聖母像

インスティトゥート・ビオロジコ(生物学研究所)に祭られたコーヒーの聖母像


サンパウロ市内のインスティトゥート・ビオロジコのコーヒー試験農場でコーヒーの果実を収穫する人々

サンパウロ市内のインスティトゥート・ビオロジコのコーヒー試験農場でコーヒーの果実を収穫する人々


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