台湾

台湾:台北

小川 聖市(オガワ セイイチ)

職業…日本語教師、ライター

居住都市…台北市近郊の新北市(台湾)

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8月1〜16日に設置された追悼会場

8月1〜16日に設置された追悼会場

 日本でも大きく話題になりましたが、李登輝元総統が7月30日に他界しました。それを受け、8月1~16日に台北賓館で追悼の場が設けられ、多くの人が訪れただけでなく、8月9日には日本から森喜朗元首相を代表とする訪問団が弔問に訪れました。

 9月16日には、李登輝元総統の母校・淡水の淡江高級中學の隣にある真理大學の大礼拝堂で告別式も行われ、そちらにも森喜朗元首相とアメリカのクラック国務次官が参列したことも大きな話題になりました。

 告別式の会場は終了後でしたが、追悼場に行ってきましたので、今回からその様子を紹介します。


李登輝元総統の生涯を記したボード

李登輝元総統の生涯を記したボード

 追悼場の台北賓館は、通常は1ヶ月に1回しか一般開放されませんが、この時は警官による荷物検査が済んだら入場できました。

 ただ、8月14日に李登輝元総統の遺影に塗料が入ったカラーボールを投げつけた女(別報道によると、著名な女優だそうです)が逮捕されるという事件が起きたため、荷物の検査はより厳格になっていました。

【参照】

http://japan.cna.com.tw/news/apol/202008140005.aspx
 
 荷物検査が終わってすぐのところにあるのが、上の写真のボード。
 3枚のボードに97年に渡る生涯の歩みが記され、足を止めて見ている方が多く見られました。


祈祷エリア

祈祷エリア

 建物の中に入ると、2月からお馴染みになったサーモグラフィーによる検温、手の消毒があり、それが済んだら、森喜朗元首相らが訪れた遺影の前に向かいますが、そことは別に室内に祈祷エリアが設けられていて、熱中症対策にも抜かりない感じでした。

 前記のカラーボールが投げられた事件の遺影は上の写真のものですが、事件後は弔問客が座るエリアが削られ、遺影との距離もしっかり設けられていました。


森喜朗元首相が献花した遺影

森喜朗元首相が献花した遺影

 祈祷エリアを出て、メインの遺影と献花場があるところへ。
 すでに多くの花が献花されていて、追悼のボードも添えられていました。

 森喜朗元首相らが訪れたのはこちらで、写真の場を覚えている方は多いのではないでしょうか。

 こちらでは、献花を行ったりお祈りを捧げたりするのですが、中には額が床につくくらいこすりつけていた方も見かけました。


横で放映されていたもの

横で放映されていたもの

 その横では、1991年4月30日の李登輝総統(当時)の「動員戡乱時期臨時条款」の廃止に関する記者会見時の様子が流れていました。

 「動員戡乱時期臨時条款」は、1948年に国民党によって定められた国共内戦時における総動員体制を敷くための法律で、台湾では戒厳令が長く敷かれる原因となったものです。この廃止は、台湾の民主化への道が開かれるきっかけになったと言える大変意味のあるもので、その時のVTRを流しているのは、必然だったと言えます。

 私は改めてここで歴史を知ったような気持ちになりました。

 つづく


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