フランス

フランス:パリ

別紙 敦子(べっし あつこ)

氏名=別紙敦子
職業=観光業
居住都市=パリ(フランス)とバルセロナ(スペイン)年間1:2の割合で、行き来しています。

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サンティアゴ・ルシニョールの小説を基に画家ラモン・カザスが描いたL’auca del senyor Esteve

サンティアゴ・ルシニョールの小説を基に画家ラモン・カザスが描いたL’auca del senyor Esteve

 今年は昨年よりもさらに、シャッターを閉ざしたままの店舗が多くなってきました。

 バルセロナ旧市街は、観光客のための店舗が多いせいもあり、本来のあるべき賑やかで明るい雰囲気の路地が、現在 かなり寂しい様相を呈しています。
対するに、外壁が存在感を出し始めました。

 今まで存在していたことさえ気が付かなかった文字や絵が、輝きだしたように感じられます。

 その中で今回は1465年にできた歴史ある通り、「ペトリチョル通り」に注目してみました。

この通りは、長さ130メートル、幅わずか3メートル。1959年バルセロナ市において、最初に「歩行者専用」に改装された道です。

 外壁の至る所に絵付けタイルなど、何年も経っても保存されてきた遺産があります。

 また、通りにある建物はどれも18世紀から19世紀に建てられ、当時の面影を色濃く残していて、長さ130メートルの「アートギャラリー」みたいです。

 実は、この通りは、今まで素敵なショップが多く連ねてて、そんなタイルや建造物に対する観賞眼なんて芽生えず、私は、店のショーウインドーを眺めて満足していただけでした。

 コロナ禍が、旧市街の路地を歩く醍醐味を復刻させるとは、ちょっと複雑な気持ちでは あります。


ランシスコ・カンピ−ジョ医師、物理学者、バルセロナのクリニックの創設者

ランシスコ・カンピ−ジョ医師、物理学者、バルセロナのクリニックの創設者

 この通りに住んでいた著名人も多く、標されています。

 詩人で劇作家のアンジャル・ギメラ(1847ー1924)は4番地に住み、ここで死去。ダンサー振付師のホアン・サンロマ(1903ー1995)は、1936年に彼のスタジオを1番に設立。

エッセイストのジョセフ・プイジェリ(1821ー1903)、科学者カンピージョ(1698ー1779)、詩人のアントニア・ギリ・イ・ギュエル(1858ー1909)等々


「動物や植物を大切に!」とアドバイスが書いてある

「動物や植物を大切に!」とアドバイスが書いてある

 市民へのアドバイスとしての役目を果たすタイルも幾つか見つけました。

「車は、適度な走行、停車は短めに!」昔の車の標識?
 
「路上では礼儀正しくすることがよい!」


結婚式。椅子と紳士はドレスを踏んでいるのは、ユニークですね。

結婚式。椅子と紳士はドレスを踏んでいるのは、ユニークですね。

 主な絵付けは手描きのマイヨルカ焼きで、当時の住民の生活を描写しています。

最初の27枚のタイル絵は、1907年に出版されたモデルニスモ芸術家のサンティアゴ・ルシニョールによる小説を基に、ラモン・カザスが描いたもの。それは19世紀の習慣が良く表れています。

他にも、面白い住民の生活描写がいっぱいです。


SALA PARÉS ペトリショル通り5番地

SALA PARÉS ペトリショル通り5番地

 バルセロナの一番古い画廊「サラ・パレス」もこの通りにあります。

 パブロ ピカソが1840年に初めて個展を開いた場所です。現在も画廊として維持されているのは嬉しいですね。

20以上の絵付けタイル、古い標識、表札など見ながら、ちょっとした散歩道、いつか 皆さんも機会があったら 訪れてほしいと思います。


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